脳脊髄液減少症 病名わからず ののしられ
脳脊髄液減少症、3年と2ヶ月前、私がこの病気になった頃は、
誰もこの名前を知らず、病院からは異常なしの診断をもらい、
自分でも半ば気合で頑張れば、何とかなると思っていました。
くにゃくにゃするからだ、ふとした動きに襲う右足の激痛、
中途半端な吐き気、たびたび起こる天井ぐるぐるめまい、右耳の激しい耳鳴り。
ぼんやりする頭、夕方になると起こる割れるような頭痛と、微熱。
日常を過ごすために痛みをこらえながら、胴体にさらしを巻き、
目の痛みから暗闇に潜み、日常をやり過ごす毎日でした。
その半年くらいあとに、新聞の連載が私に「これだ。」という、変な自信と、衝撃を与えました。
病名がようやくつき、先生に頼ろうと思う。でも、病院の受け入れは1年後。
1秒でもこのまま続くのなら、この痛みから解放されるために、
と考えは後ろ向きになり、うつ症状に引き込まれていきました。
仕事もやめ、毎日夕方には、割れるような頭痛、横になると耐え難い体のつらさ、
日が沈んで、電気をつけると目が痛くて開かず、
暗闇で、私のそばに居たくて寄り添う子供たち。
たまらず涙すると、「お母さんが泣くと私も悲しい。」と、泣き出すおさない娘。
なにも考えないまま気合でふらふらと立ち上がり、子供たちのために歯を食いしばり。
今だから、ほんの少し言葉に出来るけれど、その時は本当に何がなんだかわからなかった。
こんな思いの方たちが、早く周りに理解され,
脳脊髄液減少症の方が、病院や世の中の事情に振り回されることなく、
1日でも早く回復に向かいますように。
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